yigarashiのブログ

学んだことや考えていることを書きます

新卒エンジニアからSaaS事業責任者へ - AIが拡張する事業貢献とキャリアの可能性

株式会社はてなid:yigarashi (五十嵐)です。2026/2/1付で「AIを活用したインタビュー分析SaaS toitta」の事業責任者を拝命しましたので、現在の働き方やそこに至る戦略について書きます。これまでの様子は以下です。

その後のEM of EMsとしての活動については以下で発表しました。

なぜ事業責任者をやろうと思ったか

EMとして事業貢献を志向する中で、どうしてもエンジニアリングとP/Lや事業KPIの間の距離を感じ、そこに不自由さを感じるようになっていました。その時点で組織のビジネス領域の動きに不満があったわけではないですし、エンジニアリングを通じて生まれるプロダクト価値こそが事業のコアであるとも思っていました。しかし、自分が事業に貢献していくぞと思考を整理していくと、やはり思考ツリーの一番上には売上と書くわけです。そしてその下にリード、商談、解約数、アップセル数とSaaSっぽい指標が現れ、さらにその下にプロダクトKPI、開発生産性……とようやくエンジニアリングで直接的に動かせそうな指標が出てくる。事業に貢献すると言いながら、自分が動かせると感じられる変数がどうしてこんなに少ないんだろうと、徐々に理想像とのギャップを感じるようになりました。

そんな折、事業の拡大や組織の様々な変化によって、全領域を受け持っていた立ち上げPMの業務量が近いうちに限界を超えることがわかってきました。EMとしても、プロダクトマネジメントボトルネックになりがちという形で課題を観測していました。そこで状況を整理していくと、プロダクト思想だけはどうしても代えが効かず、立ち上げPMがプロダクトマネジメントに集中できることが事業にとって最適であることが見えてきました。

ちょうど最近 プロダクトマネージャーの業務マップを更新しました - inSmartBank というエントリが公開されており、そのマッピングが我々の状況を的確にモデル化していたので以下に引用します。

プロダクトマネージャーの業務マップ
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/s/smartbank/20260119/20260119093527.png より

まさに立ち上げPMは「PM as a 新規立ち上げ」の領域を担っていました。これを「PM as a プロダクトマネージャー」に絞り込むということです。では残った上側の事業領域をどうしようかとなった時に、自分から手を挙げさせてもらいました。EMとして行っていた戦略構築や、方針の言語化と発信、組織マネジメントといったスキルを生かせる仕事が多く、かつ自分が理想とする事業貢献とのギャップを埋めるのにも最適なポジションだったからです。客観的に見ても、立ち上げから携わって経緯をよく把握しており、自分がワークするという前提さえクリアできれば、人員配置としてはかなり筋が良い提案でもありました。新卒エンジニアとして働き始めて7年、エンジニアリングの外に飛び出してP/L責任を負うということで、自分の中でも思い切った決断をしたとふりかえっています。

事業責任者を任されるためにやったこと

自分がやると決断し宣言することと、実際にそのポジションを任されることは別です。エンジニアだった人間が突然ビジネス領域も含めた事業マネジメントができるのか、EMとしての仕事はどうするのか、様々な懸念があることは誰の目にも明らかです。およそ1年かけて、大きく以下の3つの取り組みで徐々に実務に関わりながら懸念を解決していきました。

(1) EMの後進育成

自分はEM of EMsとして2事業のエンジニアチームを管掌しており、それだけでも十分にフルタイムの仕事でした。素朴にはとても事業責任を追加で負うことはできません。しかしまさにその頃、各事業チームでEM候補者がメキメキとスキルを伸ばしている真っ最中で、彼らに業務の大半を担ってもらうことが現実的になっていました。そこで、その流れをさらに加速するべく委譲と育成の動きを強めました。まずは一部のメンバーの目標管理や、期変わりのタイミングにおけるチームの体制設計を委譲していきました。特にチーム全体を委譲しきれそうなメンバーに対しては、「EM養成講座」として、自分が半年間で行う仕事とそこで考えていることを言語化し、複数回の対話セッションで共有するプログラムを実施しました。以下の記事は、講座のなかで社の文脈に依存しない部分を切り出したものとなっています。

yigarashi.hatenablog.com

そのような施策を積み上げることで、各チームのEMやシニアメンバーのメンタリング、全社のリソース調整のインターフェース、採用のリードといった業務に絞り込んで、自分の時間の15〜20%程度までEM業務を圧縮しました。ちょうど自分が3ヶ月の育児休業を取るタイミングでもあったので、そこともうまく噛み合いました。各チームのEM候補者にも正式にEMの職種をつけることができ、これまで以上にストレッチして挑戦してもらえていると考えています。社のエンジニアセミナーで、本格的にEM業務に取り組んだ経験を話してもらうこともできました。

(2) SaaS事業責任者としてのインプット

SaaS事業責任者として仕事ができるよう、把握すべき知識を整理しひたすらインプットしました。

まずはビジネス領域の各職種、セールス、マーケティング、カスタマーサクセスについて、それらしい書籍を見つけてきて読み漁りました。経営者としての視点もあると良いと考え「世界標準の経営理論」を読んでみたり、Harvard Business Reviewの購読も始めました。またとにかく実践知を浴びることが重要なフェーズであるとして、ALL STAR SAAS BLOG、ProductZine、MarkeZine、noteの#スタートアップマガジン、SaaS経営者のnoteなどを購読し読みまくりました(これは今も続けています)。特にALL STAR SAASが提供するSaaS PLAYBOOKは濃密な実践知の塊で、折を見ては面白そうな記事をピックアップして読んでいます。

子供が生まれ、寝かしつけなどで耳だけが空いている時間が増えたのでポッドキャストも重宝しました。ALL STAR SAASとZero Topicをよく聞いています。SaaS事業を引っ張っている人たちの生の言葉遣いは、非常に参考になる部分が多いですしモチベーションの刺激にもなります。

加えて、事業の対象ドメインであるユーザーリサーチについても徹底的にインプットを行いました。書籍をいくつか読んだ上で、界隈で最大のカンファレンスであるResearch Conferenceの過去アーカイブを2倍速で回してだいたい全部見ました。他にもDeep Researchで企業の実践事例を集めさせてひたすら読み漁ったり、自分自身でもGo to Marketのためのリサーチプロジェクトをリードし、顧客に対して自分でリサーチをやってみたりもしました。事業ドメインについて一定把握することができたものの、「顧客を知る」部分はまだまだ甘すぎると感じており、自分もイベント出展や営業を通じて顧客と直接触れ合う経験をもっともっと増やしていく必要があります。

以上のようなインプットにより、まずは知識のベースラインを構築することができました。関係者とのコミュニケーション、マネジメントで頓珍漢なことは言わずに済んでおり、むしろ理解度や打ち返しが期待を超えているとフィードバックいただけることも多く、おそらくうまく行っているだろうと捉えています。

(3) AIで事業責任者としての能力を補強する

上述のようにインプットを行いましたが、それだけでうまく事業運営ができるわけではありません。本来は、そこに実際の経験を重ね合わせて、長い時間をかけて事業運営のスキルを獲得していく道のりが待っています。しかしそんなことを待っている時間はないので、AIを活用して経験知を擬似的に獲得することを試みました。

まずGo to Market、セールス、マーケティング、カスタマーサクセスといった自分が新たに管掌する領域について「MBAの講師になって、SaaS経営のスキルを伸ばすためのレポート課題を作って」と頼みます。すると、今のセグメント設計はどうなってますかとか、各セグメントの受注率は、事業として注力すべきセグメントとその理由は、顧客の成功の典型パターンは、NRRは、ARPUは……などなど、SaaS事業を解像度高く分解する問いが山のように生成されます。それらの問いに沿って、HubSpotやら売上集計シートをこねくり回したり、商談の動画を見漁ったりして、自分なりの見解を言葉にする作業をひたすら行いました。

また事業が置かれている状況や自分の考えを、一般的な見地から位置付けるのにもAIが非常に役立ちました。というのも、ビジネスサイド未経験者の弱みとして、経験に依存する定石や相場の勘所が極端に欠けてしまう点が挙げられます。たとえば商談からの受注率がN%であると明らかにすることはできるが、それが良いのか悪いのか、伸び代があるものとして課題化すべきかの判断基準が自分の中にないのです。そういう時に、もうざっくりと「SaaSでアポからの受注率がN%って普通かな?」とAIに聞いてみるわけです。そうすると「状況によって異なります。エンプラですか?SMBですか?単価は?」みたいな問答が始まって、その概念に向き合う時の定石と相場がいつの間にか掴めてきます。

他にも、たとえばマーケティングについて考えていて「状況を打開するためにXXXの施策をやったら良いんじゃないか」といったことは当然思いつくわけです。そういうときも「AAAな状況でXXXの施策をやるのはどれくらい一般的ですか。事例を探してください。他に考えられる施策も列挙してください」などと聞いてやると、自分のアイディアを一定相対化しながら視野を広げることができます。

このように、AIを活用して大外しをしない70〜80点くらいのロジックや方向性を固めた上でビジネス領域の施策・メンバーに関わるよう意識しました。そうすると、大筋は合っているので他メンバーのアイディアもスムーズに乗ってうまくいくか、一般的にはそうなんだが現場の事情としてはこういう困りがあってと一気に解像度を上げられるか……という感じの分岐になって、効果的に仕事をできるシーンを増やせていると考えています。AIがなければ、まともな仕事ができるようになるまで正直もう1〜2年かかっているなという感触があります。AIによって自分の事業貢献やキャリアの可能性を大きく拡張できていると感じています。

まとめ

本記事では、およそ1年ほどかけてエンジニア・EMからSaaS事業責任者へとコンバートした様子について書きました。地道な委譲やインプットに加えて、AIを活用した能力の補強を積極的に行うことで、難しい職責が伴うポジションへの移行を堅実かつ高速に行うことができました。今のところ、事業責任者としてのパフォーマンスについてはポジティブなフィードバックを多くいただけており、あとはしっかり数字を伸ばすことで抜擢に報いたいと思います。AIによって仕事がなくなるという悲観論も絶えませんが、一方でAIによって新しい可能性が拓かれているのも事実です。AIを活用してキャリアを大きく転換した例として、読んでいただいた方の刺激になれば幸いです。

toittaについて

最後に、自分が事業責任者を務める「AIを活用したインタビュー分析SaaS toitta」について紹介します。

ja.toitta.com

toittaでは、ユーザーインタビューの動画をアップロードするだけで、これまで膨大な時間がかかっていた分析作業の下処理を自動化するとともに、これまで埋もれがちだったユーザーの生の声にいつでもアクセスできるプロダクト開発体験を実現します。キーワード検索や、リサーチに特化したAIエージェントによる探索で、過去のユーザーインタビューのデータも、開発方針や仕様を検討するための資産としてこれまで以上に活用いただけます。

AIによってソフトウェアを作る能力がどんどんコモディティ化し、また適用できる領域も広がるなかで、競争は「いかに顧客の生々しい課題にフィットしたものを作れるか」に急速にシフトしています。toittaによって、ユーザーの生の声に基づく意思決定が加速することで、大きな競争力を生み出すことができると考えています。無料トライアルも実施しておりますので、自分の組織で「インタビュー大変そうにしているな」「ユーザーの声をもっと聞いていきたいな」と感じる方は、ぜひ一度お問い合わせいただければと思います。