yigarashiのブログ

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EMとパラドキシカル・リーダーシップ

ハーバード・ビジネス・レビュー2025年9月号の入山章栄先生の連載にて、パラドキシカル・リーダーシップという概念が紹介されていた。近年勃興しつつあるリーダーシップ理論とのことで、Webで検索してみると2023年あたりから関連する書籍や記事が見つかる。その出自も含めてEMと深い関連性が感じられ、エンジニアリングマネジメントをうまくやる上で参考になる理論のひとつになるように思った。この記事では当該連載を参照しながらパラドキシカル・リーダーシップを簡単に紹介し、わたしの体験や考えを踏まえたEMとの関連性について議論する。

パラドキシカル・リーダーシップとは

パラドキシカル・リーダーシップとは、不確実性の高い環境に適応するため、一見矛盾するように見える複数のリーダーシップスタイルを統合して発揮するあり方とされている。このハイブリッド型の像を理解するためには、ここに至るまでのリーダーシップ論の変遷を押さえる必要がある。

出発点は「リーダーが上、フォロワーが下」という古典的なヒーロー型のリーダーシップである。このカテゴリではふたつのリーダーシップ理論がよく知られている。ひとつはトランザクショナル・リーダーシップ(TSL)。これは「部下を観察し、その意思を尊重しながら、心理的な取引、すなわち報酬と罰を用いた交換関係の中で、部下に真摯に向き合うリーダーシップ」、外発的報酬や罰に基づく管理型の側面が強い像とされている。もうひとつはトランスフォーメーショナル・リーダーシップ(TFL)。これは「ビジョンと啓蒙を重視するリーダーシップスタイル」とされ、カリスマ性、知的刺激、個別配慮を併せ持った概念である。部下の内発的動機を刺激しながら組織のゴールにアラインするスタイルでより現代的な像であると言える。ただし両者は相反するものではなく、状況に合わせて使い分けることで成果が向上することが知られている。給与やポジション、機会といった外発的な報酬と、やりがいや使命感、学びといった内発的な報酬の両方がバランスよく提示されるべきというのは直感にも合う。

しかし2000年代に入ると、トップダウンの力強いリーダーシップに代わって、倫理性、誠実性、社会性を重視するポスト・ヒーロー型のリーダーシップが台頭する。倫理性を重視し、規範に基づいて部下と誠実にやり取りを行うエシカル・リーダーシップ。他者を機軸にし、利他性を重視したサーバント・リーダーシップ。自分らしいあるがままの姿を見せ、意思決定の透明性を高めていくオーセンティック・リーダーシップの3つが例として挙げられている。この中で日本のソフトウェア業界でもよく知られているのはサーバント・リーダーシップだろう。心理的安全性のムーブメントとも連動する形で、部下を尊重し自律的で働きやすい環境を作ることが重視されるようになった。

ここでパラドキシカル・リーダーシップにつながる課題認識が生まれる。個人の尊重や裁量ばかりが強調され、必ずしも成果につながらないぬるい組織・リーダーシップの問題が叫ばれはじめたのだ。そうした良くない例の傍らで成功している像としてパラドキシカル・リーダーシップが注目されているわけだ。組織の目標を重視するヒーロー型のリーダーシップと、倫理性、誠実性、社会性といった側面を重視するポスト・ヒーロー型のリーダーシップを統合していくことで成果を最大化していくのだ。具体的には以下の5つの構成要素があるとされている。

  • 自己主張性と柔軟性の両立
  • 規律と自立の両立
  • 均等性と個別対応の両立
  • 距離と親密さの両立
  • 仕事中心と人間中心の両立

「パラドキシカル」と名前がついているが、これらの軸を両立させ、一貫して組織全体の利益と部下への配慮を追求する思想が感じられれば、むしろ部下から見ても矛盾は感じないともされている。まだ十分に確立されたリーダーシップ理論ではないようだが、これまでの潮流を引き受けた新しいスタイルとして注目を集めている。

ここまでの説明は以下の記事を参照したものである。有料版となってしまうが興味のある人は読んでみてほしい。 これからのリーダーは「強さ」と「優しさ」の矛盾をマネジメントする [第6回]「ポスト・ヒーロー時代」のリーダーシップ理論 | 入山 章栄 | ["2025年9"]月号|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー

EMとの関連性

一連のストーリーを読んでまず感じたのは、EMの出自と非常に似ているという点である。トップダウンウォーターフォール型の進め方ではソフトウェア開発の不確実性に対応できず、アジャイルのムーブメントを中心として、裁量を持った強いチームが自律的に軌道修正しながら進めるスタイルが台頭した。そのなかでマネージャー不要論も叫ばれ、Googleなど複数の大企業で実際にマネージャーを廃止する実験も行われた。しかし多くの実験は「マネージャーが必要である」という結論に至った。ひとえにその方が成果が出るからである。昨今のEMの盛り上がりはこうした経緯のもと生まれていると理解している。つまり心理的安全性や自律的なチーム、チームの高い裁量といった文化を重要な前提としながら、エンジニアリングが生み出す事業成果を最大化するように方針を示したりコーチしたりするロールの有用性が明らかになったのだ。

SCRUM MASTER THE BOOKなどを引くと、スクラムマスターとマネージャーの兼務は望ましくないとされている。前者はチームの成長、後者は成果が目標で、それらは矛盾するシーンもあり望ましい働きかけの仕方も違うからだ。しかし競争が激化した現代の事業環境の要請はより高いものになったと言わざるを得ないだろう。当然短期的な成果へのコミットは必要で、長期的な利益のためにチームの健全性や成長も必要である。それらを矛盾したもの、トレードオフとして処理するのではなく、統合し両立させて追求することが求められているように思う。その点で、現代のEMがパラドキシカル・リーダーシップを期待されるシーンが多いと言えるだろう。

実際、優れたスクラムマスターがEMとして活躍されているケースが多く観測されており、EMキャリアのエントリーポイントとしてスクラムマスターが設定されることも珍しくない。これは単なる偶然ではなく、EMが現れた経緯をパラドキシカル・リーダーシップという切り口で整理すると、むしろ必然と言える。チームを尊重する優れたコーチとしてのスキルと、チームを成果に向かわせるマネージャーとしてのスキルを兼ね備えていることが期待された結果である。

自身の経験をふりかえっても同様のことが起こっている。当初はチームの開発プロセスやコミュニケーションに課題がありスクラムの推進に取り組んだ。その後EMとしてマネジメントスキルを高めていき、所属本部のEM of EMsを拝命する時に当時の本部長から伝えられた期待は「事業にコミットするエンジニア組織を作って欲しい」であった。EMないしマネージャーは組織の成果を最大化する存在と考えていたのでその期待に違和感はなかった。それまで培ったソフトウェア開発やマネジメントについての価値観が統合され、自然と「EMの仕事は成果と成長の統合である」と整理して今日に至っている。エンジニアの目標設定で意識していること - yigarashiのブログでも書いたように、組織に必要な成果と各人の状況を踏まえた育成プランを両立させ、短期と長期のトレードオフを解くようなマネジメントスタイルを続けている。

EMにパラドキシカル・リーダーシップが期待される傾向があるとすると、反対にパラドキシカル・リーダーシップ像を積極的に取り入れることでEMとしてより上手く立ち振る舞える可能性もある。「自己主張性と柔軟性の両立」から、自分の中に組織の成果を最大化するための強い意思・計画を持ちながらも、周囲の意見を聞く姿勢を維持できているかという問いが立つ。「規律と自立の両立」からは、組織人として成果を出す期待を高くかけながらも、自律的なチーム運営をできているかという問いが立つ。「均等性と個別対応の両立」も同様である。一貫した方針で平等な判断をしながらも、各人の状況や希望に寄り添えているかを考えるきっかけになるだろう。

もちろんすべての組織でEMにパラドキシカル・リーダーシップが期待されるとまでは言わない。ただ、世間的なリーダーシップ像の変遷とソフトウェアエンジニアリングにおけるマネジメントの要請はよく整合しており、ロールに対する解像度を上げたり内省を深めるよいきっかけになるはずだ。