yigarashiのブログ

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はじめてのエンジニア1on1メンター

ピープルマネジメントの文脈でエンジニア同士のメンタリング制度を設置しているIT企業は多いと思います。自分が勤める会社も例に漏れず、1on1によるメンタリング制度があります。エンジニアリングマネージャーを目指す若者の戦略 - yigarashiのブログ でも整理したように、ピープルマネジメントの領域にも取り組んでいきたいと考えていたわけですが、9月ごろからメンティー2人を持つ機会に恵まれました。1on1やコーチングの経験はほとんどなく、同僚のキャリアに関わる責任の重さを思うと、なんらか知識や型を整えて臨むのが適切だろうと考えました。この記事では、はじめてのエンジニア1on1メンターをやっていくために学んだことや実践の様子をまとめてみようと思います。

座学編

スクラムマスターの文脈でコーチングは多少関わりがあるものの、やはり1on1によるメンタリングは初めての経験です。何はともあれ本を1冊読むことにしました。タイトル、目次、レビューなどの情報を参考にしつつ、良さそうだった実践!1on1ミーティング | 日経の本 日本経済新聞出版を購入しました。よくまとまっている本で、1on1の全体的な知識や、うまく腹落ちしていなかったコーチングの考え方を整理することができました。メンタリングはさまざまな流儀がありそうで、全てを鵜呑みにするのは注意というのを念頭に置きつつ、ひとまず以下に主要な学びをまとめてみます。本書では1on1のフェーズ別に様々なトピックが扱われているので、気になった方は読んでみることをお勧めします。新書サイズで手軽に読むことができます。

コーチングの考え方

1on1を通してメンティーの成長を加速させるには、内発的動機付けを促し「本気でそうしたい!」と思える情熱を引き出すことが重要で、それこそがコーチングであるとされています。メンティーの自問自答を支援し、メンティー自身が発見したメンティーにとって価値のある答えやアクション(もっとも筋が良いとは限らない)を大切にします。この部分を勘違いして、メンターが思う正解をメンティーに言わせるために誘導尋問をしてしまうと、たちまち1on1が窮屈になってしまいます。あくまで答えを見つけるのはメンティー本人で、メンターの役割は、そのために視野を広げる助けをしたり、話しやすい環境をセットすることです。これらは中長期的な経験学習のプロセスで、緊急性の高い問題の解決には向いていないということも補足されています。

確かに、自分自身が"ノっている"時を振り返ってみると、誰に言われるでもなく「次はこうしたらうまくいくのではないか」というアイディアがあり、それがうまくいくと信じられるような状態であったと感じます。メンティーをそういった状態に導き加速させる技術がコーチングだと整理すると、自分の振る舞いや問いかけも上手く組み立てられるように思います。

メンターの具体的な振る舞い

まずは自由に喋ってもらえる環境を作る必要があるので、信頼関係を構築し、心理的安全性を確保する必要があります。そのためには、プライベートや弱みといった人間的な側面を開示したり、徹底した傾聴の姿勢を示したり、存在承認を与えるような受け答えをするといったトピックが紹介されています。特に存在承認を与えるような受け答えは難しく、考え方を大きく変える必要があるように感じました。例えば、褒めたり否定したりといったメンターの価値基準でジャッジする言葉は避け、事実を肯定的に評価することで、メンターの顔色を気にせず振る舞えるようになるのだといいます。例えば目標値の80%までしか達成できなかったメンティーに対して、「達成できなかったのは残念だ」と声をかけるのは良くなく、「80%は達成できて、あと20%の伸び代がありますね」などと声をかけられるのが良いようです。

話してもらえる環境を整備できたら、次はメンティーの自問自答を加速させる問いかけが重要になってきます。ひとりではたどり着けない考え方や視点にメンティーを導きます。本書ではそうしたテクニックも数多く紹介されていますが、特に印象に残ったのは目的論型のアプローチです。問題解決に慣れていると、ついつい「原因は?」「次のアクションは?」と考えてしまいがちですが、それらは原因論的なアプローチで、人のモチベーションを導く上では相性が悪いのだそうです。それよりも、「何があった?」「どうなってると嬉しい?」というように、現状の分析や目標の整理を前向きに行えるような問いかけが望ましいようです。確かに、自問自答を促して内発的な動機を高めたり、存在承認を与えたりといった方向性にも合致しており、納得できる考え方だと思いました。

実践編

ひとまず良さそうな本を読んだので早速実践です。

1on1で目指す状態

最初の1on1を迎えるにあたって、まずは1on1を通して目指す状態を自分の言葉で整理してみることにしました。何のためにやっているのか腹落ちしなければ、信頼関係を構築するのも困難でしょうし、1on1自体を改善していくのも難しいと考えたからです。上にまとめたコーチングの考え方や自分が"ノっている"状態を思い返して、以下を1on1で目指す状態として定めました。

(メンティー)さんが、自分や組織の将来、次のアクションに期待が持てて、生き生きと仕事に取り組めている。その結果、知識、経験を着実につけて成長できている。

もっとも重要だと考えているのは、参考書でも中心に据えられていた「生き生きと仕事に取り組めている」の部分です。具体的には、内発的動機付けに成功して、自己効力感があり、価値のあることに取り組んでいると信じられる状態だと考えます。よく言われる「月曜日が来るのが楽しみ」といった状態に近いです。そうした認識を一段階具体化して共有するために「自分や組織の将来、次のアクションに期待が持てて」という表現を加えました。そして、このようなポジティブなフィードバックループを構築すれば、方向性の調整といったサポートでメンティーは自ずと成長できるだろうと考え「その結果、知識、経験を着実につけて成長できている」としました。「成長」が最初に来るのではなく、「生き生きとした状態を作ることで気づかないうちに成長する」を目指すのがイチオシポイントです。

目指す状態に向けた戦術

上で述べたような状態に至るために、以下のように大きく分けて2つの戦術を設定しました。

  • 緊急度の高い障害物に対しては、高速に排除できるように動きます
    • 例: 心身の不調
      • 「いまいちやる気が出ない」も立派な不調
    • 例: 組織的な問題
      • やりたい仕事を任せてもらえない
  • 重要なテーマに対しては、じっくりと様々な視点を提供します
    • テーマ集
      • 最近うまくいった/うまくいかなかった仕事の分析
      • 次の評価でどうなると嬉しいか
      • 1年後/3年後/5年後どうなると嬉しいか
      • どんな知識、経験を積みたいか
      • どんなふうに働きたいか

まず、成長とか内発的動機付けだとか色々言っているものの、心身の不調や生活の事情でそれどころではない状態に陥ることはたくさんあるでしょう。そんな時に「1年後はどうなっていたいですか?」などと聞かれても勘弁してくれと思うばかりです。また、そういった障害物とコーチング技術の相性が悪いのも学んだ通りです。そこで「緊急度の高い障害物に対しては、高速に排除できるように動きます」として、目下の困り事をメンターがパワーでどうにかするコーナーを最初に置くことにしました。そうして足場を綺麗にしていくことで、少しずつ未来のことを考えやすい環境を作れたら良いと考えました。

そうしてメンティーが普通に元気に働いている状態になって初めて、1on1で目指す状態に向けて積極的に働きかけます。「重要なテーマに対しては、じっくりと様々な視点を提供します」として、目的論的なアプローチで現状〜近い未来について考えられそうなテーマを用意してみました。このコーナーでは、メンターはほとんどしゃべらないくらいのつもりで、メンティーが思考を深める助けをします。

実際にやってみて

なんとか自分の言葉で目的と戦術を整理し、実際に1on1をスタートしました。メンティーは2人とも同じチームのメンバーなので、信頼関係はある程度構築されています。目的を伝え、コンテンツを順番にみていくという形で、今のところ無難に30分/隔週で1on1を行えていると思います。しかし、話題をうまく提供できないとか、メンティーの話を聞くので精一杯でコーチングの技術を適用できないとか、当たり前の難しさには直面しています。ここからは地道な積み重ねだと思うので、最初の学びを土台に、丁寧な準備や継続的な学習で1on1の質を向上していきたいと思います。

まとめ

この記事では、エンジニアリングマネージャーを目指す若者が、はじめてのエンジニア1on1メンターに臨む様子をまとめました。座学編では良さそうな本を1冊ピックアップし、コーチングの考え方や具体的な振る舞いのポイントを学びました。スクラムマスターとしての振る舞いにも応用できる知見が多く、読んでよかったと思います。実践編では、実際に1on1に臨む上で、1on1で目指す状態とそのための戦術を自分の言葉で整理しました。実際に開催できている1on1と目指す状態にはまだまだ大きなギャップがありますが、ピープルマネジメントの最初の一歩として足場を固めることができたと思います。これから10年20年とやっていく仕事になると思うので、焦らずやっていこうと思います。